00 prologue

 久《く》の江へ行こう、と僕が美佐奈を誘ったとき、美佐奈は僕の方を見つめたあと、一瞬の間だけ目を潤ませて、静かに頷いた。そのときの美佐奈はもうかなり消耗していて、すり減っていて、誰の手にも負えなかった。美佐奈の手首にはまだ新しい切り傷が何本も走っていたし、拒食のせいで胃は空っぽで、色のない嘔吐を繰り返していた。目は虚ろで、言葉を忘れてしまったのか会話が出来なくなっていた。部屋の隅にうずくまって、時々思い出したようにぽろぽろと涙を流すだけの人形だった。そしてとうとう手を差し伸べてしまったのが僕。美佐奈の前には僕以外もう誰もいなかった。僕と美佐奈はいつの間にか二人、世界から切り離され、孤独な場所に追いやられていて、身動きがとれなくなっていた。だから僕たちは二人、久の江へ向かうくらいしかもう、することがなかった。終わりの場所へ、ふたり、手をつないで。