舗装のされていない旧農道を、砂埃を立てながら走る。もちろん窓は全開にして。軽トラックの運転ももう慣れた。車一台分くらいの細い砂利道の脇には伸びきった雑草が高く茂っている。もう何ヶ月も管理されていない荒れ田が広がり、人気のない旧家がひっそりと、まばらに建つ。どこにも人間の姿はない。ツクツクボウシと蛙の鳴く声が満たす静かな空気を、トラックのエンジン音と、タイヤの砂を踏む音が乱している。
美佐奈は助手席には乗らず、僕と背中合わせになって荷台に座っていた。
「またいっぱいもらっちゃったね」美佐奈が僕に聞こえるように少し大きな声で言った。
「今日は何にする?」僕が言う。
「えっと」しばらく美佐奈は考えて、「カレー!」と元気に叫ぶので、僕は思わず吹き出してしまう。「カレーだな」と僕は笑いながら言う。美佐奈の作るカレーは、ここ一週間のうちにを十回は食べた。美佐奈のレパートリーはカレーくらいしかないし、食べ物のボキャブラリーにもカレーしかないようだった。砂利道を揺れて走るトラックの荷台には、美佐奈と、少しの豚肉、沢山のじゃがいもが乗っていた。
美佐奈は鼻歌を歌い出したようだったが、車の走る音にかき消され、よく聞こえなかった。
家に帰って僕たちはカレー作りを始めた。日はまだ高いが、茅《かや》葺《ぶ》きの家の中はひんやりと湿って暗い。土間に置かれたステンレスの流し台で、二人でカレーの下ごしらえをする。美佐奈は錆びて刃こぼれした包丁で、指を切らないように慎重にじゃがいもの皮を剥く。僕はその横に立ち、比較的状態の良い果物ナイフで人参を剥く。美佐奈は嬉しそうに鼻歌を歌っている。
「今日はお肉があるね」と美佐奈は包丁を動かしながら言った。肉を食べられるのは一週間ぶりだった。食材を一通り切り終わると、
僕は竈《かまど》に火を入れて鍋を載せる。僕の仕事はここまでだった。やがて鍋が温まり、美佐奈が手際よく油をしいて玉葱を炒める。玉葱が飴色に変わり、肉が入る。いい匂いが漂い始める。僕はカレーを美佐奈にまかせてひとり、土間から外に出た。
僕たちの家は小高い丘の上にあって周囲を一望できる。秋色に染まり始めた山脈にぐるりと囲まれたこの土地には、時代遅れの茅葺きの家屋が広い間隔をおいて点在している。かつてここは農村であり漁村だった。そして今は廃村。
三方が山に囲まれ、残る一方には海がある。そこは入り江になっていて砂浜がある。この家は海から一番遠い場所にあるがすこし丘になっているので、夕暮れ時には水平線に日が入っていくのがよく見える。日が傾くと周囲の山が茜色に焼けて美しい。都会に住んでいた頃は自然を目にすることが一切なく、あっても台所のゴキブリくらいなものだった。ここ久の江にいれば自然には困らない。山には蛇も猪も羚羊《かもしか》もいるし、川に行けば虫も魚も売るほど泳いでいる。ただ都会から来た僕らがそんな自然の生き物を狩猟してそれを食う、なんていう非現代的な技術を身に付けているわけもなく、こうして貰ってきた肉でカレーを作るのが精々だった。しばらくしてカレーのいい匂いが家から漏れて秋の澄んだ空気に混じる。日はまだ高い。二時くらいだろうか。美佐奈が出てきて僕の隣に立ち、目が合うと子供のようにえへへと笑った。