変な夢を見た。
私の部屋。机の引き出しから、サラリーマン風の若い男、眼鏡でスーツで七三分けで、ポマードがバッチリテカテカ、が、飛び出してきた。ただ出たんじゃない。飛び出したのだ。登場、というよりは『噴出』、いや『射出』だった。たまたま私が机に向かっていたところ、机の引き出しが突然飛び出てみぞおちにぶつかって、びっくりしながらもその痛みにおなかを押さえて「うう……」なんて唸っていたのも束の間、その開いた引き出しからサラリーマンが発射。私の部屋の低い天井に、そのまま頭から突き刺さって、スラックスの下半身だけがぷらーんと垂れていた。でも多分生きてるだろう事は分かった。ぱんぱんのブリーフケースをそれでもしっかりと右手に握っていたから。
「すいませーん、ちょっと抜けないんですけど、引っ張ってもらえませんか?」と、天井裏の頭部から男の声。やっぱり生きていた。
「いいですよ」と私は快諾。足首を握って下へ引いてみた。だけどなんだか手が滑って、ただ革靴が脱げるだけだった。
「靴脱がさないでください」
「部屋の中では脱いでくださいよ」と私は言った。
「ああここは日本でしたね」悪びれる風もなく男は言った。
面白いので私は、今度はソックスを引いて脱がし、ズボンを脱がした。男の生足、スネ毛付きが、十七歳女子高生の部屋の天井から生えている。
「ああっ、何するんですか、やめてください」男の足はじたばたと抵抗をする。人間の足の力は結構強いので、じたばたに当たったら危ない。私はその足による攻撃をボクサーばりのボディコントロールで回避しながら、トランクスに手をかけ、脱がす段になってからようやく、天井にちんこは倫理的にもインテリア的にもマズいということに気づき、靴下とズボンと革靴とを、順々に履かせていった。
「もう! さっきから何してるんですか、人の下半身に!」
「だから、足を引っ張っているんです」
冗談はさておき、私が悪戯に飽きた頃に男は自力で部屋に下りてきた。
天井裏は苦しいですよ。熱がこもっているし、空気が薄いし、埃に紛れて、見たことない小さい虫とか、押尾学のテレカとかがいっぱいあるんです。という意味のことを喋った。
「この部屋へ、何しに来たんですか?」と私は訊いた。
「ああ、そうそう。私はこういうものです」
男が差し出した名刺には、『鬼 田中よしつぐ』とあった。鬼だった。そういえば確かに七三分けの額から、こぶのような角が二つ出ている。
「最近、人間界でも商売やろうっていう動きがあって。そのモニターに選ばれたのがあなたです。おめでとうございます」ぺこり、と田中さん。
「ありがとうございます」つられてぺこり、と私。「なにかくれるんですか?」
「あなたにはもれなく何か一つだけ特別な能力を与えます」
「能力ですか?」
「能力が嫌なら、じゃあミュールにしますか? ミュールの方がいいですか? いま持ってますけど」田中さんは鞄から黒いミュールをにゅるっと取り出した。ちょっと空間がゆがんで見えた。大体46500円くらいはしそうなミュールだった。
「能力ってなにがあるんですか?」
田中さんは鞄に手を入れてごそごそやって、東海ウォーカーくらいの厚さの雑誌を取り出した。開いてみると、なるほどいろいろな能力がある。
「この中から選んでくださいね」
「どれでもいいんですか?」
「いいですよ」
私はぱらぱらとその雑誌をめくる。なかなか目移りするなあ。すると田中さんが、
「あ、これ。これなんてどうです?」と言って指をさす。「いま向こうでも売れてるんですよ」
「なんですか、これ」
「誰かの名前を書けばその人を殺すことが出来るノートです」
「そういう色んな意味で危なそうなのはいいです」
「そうですか」
さらにページをめくって、私は私に相応しい能力をとうとう見つける。
「あ、これにします」
私が選んだのは『人を見る目』。