ボッ。
きーーーキィーーーー。(不快な高音)
ごす。ぼすごす。(何かが擦れる小さな音)
あーあー。
…………。
え、これ、もう入ってんの?(遠い声)
ペラパラペリ。(紙をめくる音)
なに? これ。読めって事?
…………。
…………。
はあ? こんなん読めないって! だってこれ
ダコン!(スピーカーが破裂するような爆音)
ああああああああああああああああ! うっ、ぅっ、ああああ、あああ!
ゴシュ、ガリガリ、ぎゃああああああ! ボワワ(マイクに何かが擦られる大きな音)
ボフウ……。ゴズン!(巨大な衝突)
うわああああああああああああああああああああああっ! んっ、ああああああああああああああっ! えぐっ、痛い! やめて!
ゴバン! ゴガ! ゴガ! 痛い! ゴガ! いだいってええ! はあああんっ、もう、言うがらあ、ちゃんと読ぶかだあ、やべでよお、殺さないでえ、うっ、えぐ、んっ、すん。
ぢょっと、鼻血拭いてよ、ごれ……。
…………。
…………。
…………。
うっ、んんー。(咳払いの音)
あーあー。
わ、私は、二年Aクラスの、……志藤秋穂です。生徒会副会長とテニス部部長をしています。七月に、私たちは、京都へ修学旅行に行きました。そのときのホテルで、私は……。
…………。
…………。
待って! 待って! 言うから! 叩かないで……。
私は……とある……先生とセッ
バガン!
あああああああああああああああああああ! もう! うっ、ううっ、ひっく、んうう、ひっく、もうやめようよお、ひっく、こんなのお、もう外に先生来てるじゃんかあ……。私をこんなふうにしてさあ、きっとさあ、サヤもさあ、ただじゃすまないってえ……。
余計なこと言ってないで早く続きを読めよ!(別の人間の声)
…………。
ドンドンドン。…………。(遠くにドアを叩く音、及び誰かの声)
私は数学の木田先生とセックスしてその時のコンドームを村上唯子さんの部屋のゴミ箱に入れました!(早口で)
そのせいで村上唯子さんに疑いがかかり、えー、あらぬ噂が流れる発端となりましたが、本当の……本当のヤ、ヤリマンは、私、志藤秋穂です。村上唯子さんは私みたいな売女とは違い、本当は潔白です。放課後の教室で……。
…………。
ひっく。うう、ぐすん。ひっく。
放課後の教室で毎日お金をもらって先生とセックスしまくってるのは、この私、志藤秋穂です。村上唯子さんに関するあらゆる噂は、すべて私が流したデマですので、信じないでください。私は優等生ぶってますけど本当はセックスとお金が大好きです。私は、愚かな、馬鹿まんこです。しどう……あきほです……。村上唯子さん、本当にごめんなさい。許してもらえるわけが無いとは思いますが、私は自分の罪の重さを自覚しながら、千回謝ります。私の、志藤秋穂の腐った心の懺悔を、どうか受け止めてください。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。
うああああああああああああああああああああああああああああああああん! サヤの馬鹿! キチガイ! 死んじゃえ!
うるさい! まだ五十一回しか言ってねえだろ! あと九百四十九回さっさと謝れよ!
バゴン! ドスン。
ぎゃあああ! 誰か! 早く先生助けてよ! この馬鹿を捕まえて! 早く! 早く入ってきてよ! 私こいつに殺される!
*
放送室のドアが先生のスペアキーによって開けられたとき、アキちゃんはガムテープのミイラになっていて、椅子ごとコンソールにもたれかかりながら、血まみれの顔で二百回目の「ごめんなさい」を呟いていた。コンソールの周りは血の海になっている。
ドアが開いてすぐ、先生や警察……の人たちがどかどかと放送室に入ってきて、私は二人がかりで羽交い締めにされてしまった。
なんだか気が抜けて、ふにゃふにゃとしていたら、放送室の外に、唯子ちゃんがいた。私の大好きな、私だけの唯子ちゃんが。私は親友のアキちゃんを痛めつけることによって、唯子ちゃんの信頼を回復することが出来た。これはきっと私にしかできないことだった。あのままでは唯子ちゃんは一生誤解を受けたままだっただろう。これで唯子ちゃんは誰にも嫌われないで済む。根拠のない差別を受けなくて済むのだ。私は唯子ちゃんの『唯一』になれただろうか。私は唯子ちゃんに、私だけを見て欲しかった。私だけを好きになって欲しかった。唯子ちゃんは、喜んでくれたかな……。
「さや……」
唯子ちゃんは放送室に入ってきて、崩れるように私を抱きしめた。そしておんおんと泣いた。
「うああああああああああああああああああ。うっ、鞘。どうして……」
「唯子ちゃん、来てくれたんだ。私、全部解決したよ。これで全部よくなるよ」
「鞘、鞘……」唯子ちゃんは私の言葉をよそに、ただ泣き崩れるだけだった。
「どうしたの、唯子ちゃん?」
「ううっ。鞘。あんた、鏡見てみろって……」
「え? 鏡?」
私は壁に掛けられた鏡を見る。
真っ赤に染まって、その顔、まるで鬼のようで。
The red ogre in the blue mind ――― 終