翌日の昼休み、私はアキちゃんを人気のない適当な教室に呼び出して、コトを始める。
「何? どうしたの。突然こんなところに呼び出して」アキちゃんは苦笑い。だけど私にはそんなアキちゃんが真っ赤に光って見えている。アキちゃんの光はワインみたいな赤で、体全体から放つ光がゆらゆらと水面のように揺らいでとても美しい。
「私ね、全部気づいちゃった」
「え? 何を?」
「アキちゃんが今までやってきたこと」
「…………」
「アキちゃんが唯子ちゃんにやってきたことだよ。分かるでしょう?」
「ごめん、サヤ……。どういうこと? 私が村上さんに何をしたっていうの?」迫真の演技だなあ。演技派だなあ。三沢美澄より断然リアルな反応。
「どこから話そうかな……」私は三文推理小説の探偵みたいに、犯人=アキちゃんの周りをゆっくりと、歩き始める。「まず、修学旅行のこと。あのとき、ちょっとした事件があったの、覚えてる?」
「事件?」アキちゃんは少し考えるフリをして、「ああ、アレが村上さんの部屋のゴミ箱にあったっていう……」
「そう。『使用済みのコンドーム』。それが部屋から出てきたせいで、私と唯子ちゃんはあらぬ疑いをかけられた」って本当は私なんて疑われもしなかったけど。
「でもあれは、村上さんが……」と言いかけたアキちゃんを私が睨んだ。アキちゃんは黙る。「…………」
「あれは唯子ちゃんの物じゃない。唯子ちゃんがそんなものを捨てるはずはない。何故か?」私はアキちゃんの正面で立ち止まった。「唯子ちゃんは未だに処女だからだよ」
「え……!」アキちゃんは驚愕の表情。無理はない。それはまだ他に誰も知らない事実だから。
「唯子ちゃんの物じゃないのなら、じゃあ誰がそんなことをしたのかな? ミステリファンの皆さんには申し訳ないけど、私の『推理』はこれだけ。あとは答えがあるだけなの。コンドーム事件の犯人がアキちゃんだっていう答えが。私には、手法も動機も全然分からない。でもアキちゃんがやったってことだけは分かる」
「そんな!」アキちゃんは首を横に振る。「無茶苦茶だよ、サヤ! そんな言いがかり……証拠も何も無いじゃない!」
「無いよ。だけど何のために証拠がいるの? アキちゃんは自分の罪を知ってる。私もアキちゃんの罪を知った。私とアキちゃん以外の理解は、この場には必要ないじゃん。だからこれでいいんだよ」
「…………」アキちゃんは黙ってしまう。
「ついでに言うと、アキちゃんの上履きに落書きしたのと、ローファーに水を入れたのと、私の机に昨日彫り物したのは、ミーちゃん。それも全部アキちゃんの指示でね」
「……美澄が、バラしたの。そっか……全部美澄が」と呟くアキちゃん。
「だから全部私が気づいたんだってー。ミーちゃんは悪くないよ。いやちょっとは悪いけどさ。最後までミーちゃんはアキちゃんの名前をバラさなかったよ。ミーちゃんの事も影でいじめてたんでしょ、どうせ」
私はアキちゃんを睨む。どうやらアキちゃんは腹をくくったようだった。
「だって……あの子なんか、気持ち悪いじゃない。ブスだし……」
「じゃあ唯子ちゃんは? どうしてあんなことしたの?」
「村上さん……。村上さんは……」アキちゃんは、言った。「だって! あんなのひどいじゃない! あんな子が好き勝手やってても文句一つ言われないなんて! 私たちの人生まるきり否定されてるとしか思えないって! 私だって我慢してんのよ! 楽しいことから目を反らして、鬱屈して、自分を殺して、……そうやって勉強してきてんのに、あの態度は何? 馬鹿にしてる!
だから……あの子を、陥れたかった。嫌われ者に仕立てあげなくちゃいけなかった。修学旅行のあの夜、私は……村上さんが煙草を吸うために部屋を出たのを見計らって、部屋に忍び込んで、そのゴムを捨てた。軽い悪戯のつもりで、あんまり効果は期待してなかったけど……噂っていうのは凄いね。あれだけのきっかけで、あとは噂がひとりでに広まって……まあ、そんなとこかな」
「…………」
余韻はたっぷりとって。
「ふうん。なるほどね、ってベタな自白シーンはその辺にしとかないと、昼休み終わっちゃうよ。さあ急いで、次に行くよ、アキちゃん!」
「え? 次?」
「アキちゃん、手え出して」
「手……? こう?」
「……違う違う。両手をさ、こう、そうそう、そんな感じで。そのままにしててねー」
アキちゃんの両手を後ろで交差させ、その手を隠し持っていたガムテープで素速くぐるぐる巻きにした。
「えっ、ちょっ、何? 何すんの? やめてよ……」
つなぎ合わせた両手をさらに体から離せないように、両肘と両手首とを体ごとテープで巻いてがっちり固定。これでアキちゃんは手が使えなくなった。
「うん、これでよしっと。じゃあアキちゃん、私と一緒に来て!」
「へ? どこに?」
「いいから!」
私は嫌がるアキちゃんを引っ張って、一回の放送室まで行く。誰もいないけど鍵は開いている。機器のスタンバイも出来ている。全て私の完璧な手回し。放送室にミノムシ状態のアキちゃんを突っ込んだら、すぐに鍵を閉めた。防音の聞いた小さな小さな密室。さてここからが本番だ。
「こ……こんなところで何をするっていうの……?」嫌な予感を感じ取ったようで、アキちゃんは恐怖の表情を浮かべている。
「まあまあ。じゃあ立ち話も何だから、とりあえずそこの椅子に座ってね」とパイプ椅子を差し出し、アキちゃんが座るや否や、ガムテープで素速くアキちゃんを椅子に固定し、さらに足も縛って、立ち上がれないようにした。
「ちょっと、もう! どういうつもりなの?」
「アキちゃんには、『お昼の放送』のパーソナリティをやってもらいます。今日のテーマは……『私の懺悔』」
アキちゃんの顔が青ざめていく。
「ここで……この放送で、村上さんに謝れっていうの?」
「そうだよ。そしたら、許してあげるよ。全校のみんなの、唯子ちゃんへの誤解を解かなくっちゃ。頑張ればきっと唯子ちゃんだって許してくれるよ! さあ!」
「ちょ……と待ってよ! そんなの出来るわけ無いじゃない! どうかしてる!」
んん? 今なんつった?
「どうかしてるのはどっちかな? ……私昨日見ちゃったんだよ。アキちゃんと木田先生のアレを」
「…………!」アキちゃん、口をぱくぱく開けて声にならない悲鳴を上げる。
「実は全部、窓の隙間から携帯のムービーカメラで録画してたんだよー。最近の携帯はすごいね、顔までクッキリ、メガピクセル!」
「嘘……」と真っ青な顔で呟くアキちゃん。確かにこれは嘘だけど。ムービーなんてホントは撮ってない。
「そのムービーはもうすでにさっきインターネットの有名掲示板にアップロードしてきたから、早く始めないと、世界中の変態さんがアキちゃんをオカズにオナニーすることになるよ。人に見られるかもしれないような学校の教室なんかで先生とエッチしちゃう変態女子高生が、私に逆らえるのかな?」
「最っ低!」耳をつんざくような大きな声でアキちゃんは怒鳴った。「滅茶苦茶じゃない! そんなの! あんまりだ! ……、ううっ、サヤ、あんた、こんなことして、許されるなんて、思ってるの?」
「許す? 誰が誰を許すの? そんなこと言ってなあ! 自分が被害者みたいな顔したってさあ! 全部悪いのはアキちゃんなんだよ! そんなことも分からないの? アキちゃんのせいで唯子ちゃんがどれだけ辛い思いをしたか、全然分かってない! 謝れ! さっさと謝れ! 唯子ちゃんに謝ってよ!」