昼休みに二年生の廊下を歩いていると、女子トイレから声が聞こえた。どうやら唯子ちゃんの話題のようだ。
「……ムラカミ……だって絶対……でしょマジで……てるって……」誰かの声、はっきりとは聞き取れないので、私はトイレの通りがかりに、さりげなく入り口に寄ってみる。すると会話が聞き取れるようになった。
「ありえるよねー、ヤツなら。てか、アイツしか考えられんし。だって先生とかともヤッてるんでしょアイツ」
「うっそマジで。先生って誰よ」
「知らんけど。木田あたりじゃない? ムラカミには微妙に親しげだし」
「あーそういや金髪とか先生たち何も言わんもんねー、木田とヤッてんなら納得だわ。うーわでもそれずるくない? 体使えば何でもありみたいなさー、どうなのそれって」
「知らんけどさー、でもこないだのアレは絶対ムラカミだって。声もなんかムラカミっぽかったような気がするし」
「アッハハきもっ。声出てたんかよ。もうセックス大好きだなームラカミはマジで」
トイレの中は爆笑。
「でもほんとなんかなーそれ。マジでなんか微妙にドキドキしてきたし」
「ぎゃははは。なんでお前がドキドキすんだよ関係ねーだろ」
「いやなんかさー、でももうあの教室入りにくくない?」
「知らんし、って、あー確かにそうかも、うわキショまってきた」
「でしょー。つか確かめたくない? 誰だったんか。隠れて待ってればまたヤリに来るっしょ。現場見れるかも」
「うわマジで、すごい趣味してんなお前。ってか、訊いてみれば? あの子に」
「ムラカミに? やだって話しかけれんしキモくて」
「違うって。あのよく一緒にいるさあ」
「ああ。えーと……マツ……まつ……」
「松島なんとか」
「そーそー松島」
「あの子はあの子でさー、結構微妙じゃない?」
「そっかなーあんま記憶無いなあ、ってか喋ったことないかも」
「なんでムラカミなんかと仲いいんだろーねーあの子、全然合わなそうなのにさ」
「知らねーけどあのムラカミといられるってことはよっぽど人がいいんかも」
「ってかさーだって松島さんあの子天然じゃん?」
「あーそうだね天然っぽいねあの子」
「そうそうこないだなんかさ、…………」
唯子ちゃんの噂からだんだんと私の陰口に移行し始めたので、私は心が痛くなってきて、早足でトイレの入り口から去った。声の聞こえない場所へ。出来るだけ早く、出来るだけ遠く、誰の声も届かない場所へ。
学園モノの漫画やゲームだとこういうときには逃げ場所として、『屋上』なんかが用意されていて、そこで『空』を眺めていたら『親友』とか『気になる異性』と偶然会ったりして、一緒に夕焼けを見たりするのが定番なのだ。だけどうちの学校にはそういう気の利いた場所がない。屋上にはばっちり施錠してあるし、ピッキングが何故か得意な『悪友』もいない。こんな気分の時に私はどうしたらいいのだろう。どこでため息をつけばいいのだろう。唯子ちゃんの元に行きたいけど、最近はこういう噂話のせいか唯子ちゃんは機嫌が悪そうだし、私なんかに頼られてもきっとウザいだけだろうし。
―――だってあの子天然じゃん?
私は自分が『天然』であることを知っている。だけど私は『天然』になってしまった以上、『天然』でなければならないのだ。それが私の役割だから。